Yasushi の Substack

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AIは、なぜ「新しい神」になりつつあるのか

グローバリゼーションの果てにやってきたAI革命

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Yasushi Takashima 高島康司
8月 12, 2026
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これから数回に分けて、AIバブル崩壊後の社会状況をシミュレートし、概観する記事を書く。実は詳しくリサーチすると、AIバブルの崩壊後にこそあらゆる分野におけるAIの飛躍的な導入が加速する時期に入ると思われる。その結果として、現在の我々の社会システムが根底から変化することになるはずなのだ。いま我々は大きな変化の入り口に立っている。今後数年以内に現実になりそうな状況を直視しなければならない。

今回の記事はその前段階として、AIが人間の内面と精神性に与える影響について書く。これからAIは個々人にとって「新しい神」になる潜在的な可能性があるのだ。AIの拡散がもたらすこの側面はだれも指摘していないので、重要だと考えた。

1. グローバリゼーションが残した「心の穴」

過去40年間続いたグローバリゼーションは大多数の人々に「大きな心の穴」、すなわち自分の生きる価値が分からなくなる空虚感を残した。グローバリゼーションが残したさまざまな負の遺産、中間層の崩壊、格差の拡大、移民排斥、ナショナリズムの高揚、エリートへの反発、民族対立、極右の興隆、という社会の統合性を危うくさせる状況の背後にある根源的な力を読み解こうとするとき、グローバリゼーションが結果として作り出してしまった「心の穴」を直視せざるを得なくなる。

グローバリゼーションの余波で中間層が解体し、社会的格差が拡大すると、なぜ極右運動やナショナリズムが高まるのだろうか?この問いには比較的に簡単に答えることができる。ナショナリズムとは、個を越えた超越的な存在として国家の神聖性を回復しようとする動きであり、それに連なり包摂されることで、奪われたプライドを取り戻し、個人として生きる意味を見出そうとする欲求があるからだ。

グローバリゼーションは同時に、「聖なるもの」への飢餓を生んだ。個を超えた超越的な意味の源泉として再び聖なるものとつながることは、「心の穴」を抱え、生きる意味の喪失が生み出す空虚感に苦しむ人々の心の欲求を満足させる。個人がそこに包摂されることで、単なる労働力や政府の登録番号へと縮減されていた自我が、ふたたび「より大きなものに連なる存在」として神聖化されるのだ。

2. 2つの方向の超越

両者を貫く共通の構造を整理してみると、こうなる。中間層の崩壊によって個としての尊厳の基盤を失った魂は、自己を超えた超越的な意味の地平を希求する。この希求は、二つの方向に同時に向かうように見える。一つは「水平方向」への超越。自分が属する民族、国家、血統という共同体的な大きさへの埋没である。これがナショナリズムと極右運動の心理的基盤となっているのではないか。

そしてもう一つは「垂直方向」への超越だ。目に見えない霊的次元、宇宙的計画、隠された真実への参入である。これがサイキックと予言と陰謀論への熱狂の心理的基盤となっているのではないか。両者は同じ魂の飢餓に対する、相補的な応答として読みうる、というのが本書の中心的な仮説である。

そしてこの両者が結合するとき、つまりMAGAのように、政治的ナショナリズムと終末論的予言と陰謀論的世界観が一体化するとき、きわめて強力な、しかし同時に極めて危険な集合的運動が出現する。それはもはや通常の政治運動という枠組みを超えている。世俗化した宗教運動であり、霊に憑かれた集合的なシャーマニズム的儀礼の様相を呈する、という記述のほうが、その内実に近い。合理的な議論はそこに届きにくい。事実によって反証することも難しい。なぜなら、それは事実をめぐる対立というよりも、魂の飢餓をめぐる事態だからだ。このような解釈の枠組みを採ったとき、この現象の手強さが見えてくる。

3. 中間層という貯水池の枯渇

戦後の中間層社会は、こうした意味への欲求を、合理的な制度と豊かな経済生活のなかに馴致してきた、と読むことができる。中間層であるとは、安定した雇用と所得、教育機会、社会保障、そして未来への合理的な見通しを持てるということだった。この物質的・制度的な基盤の上で、人々は自らのなかの「心の穴」を、適度に抑制し、あるいは趣味、消費、私生活のなかに昇華させて生きることができた。そう考えると、中間層という分厚い層は、単なる経済的なカテゴリー以上の意味を担っていたことになる。それは、生きる意味への欲求を抑え込む心理的な貯水池の役割を果たしていたのだ。

ところが過去40年のグローバリゼーションは、この貯水池を急速に枯渇させた。製造業の空洞化、雇用の不安定化、所得の停滞、地域共同体の解体、教育費と住居費の高騰、そして何よりも将来への合理的な見通しの喪失。こうした事態のなかで、人々は自らを「個人として生きる意味のある存在」として位置づけることが、しだいに困難になっていった。グローバル資本主義のもとで、人間は交換可能な労働力の単位、データポイント、消費者番号へと縮減されていく。個としての尊厳の根拠が痩せ細っていく。少なくとも、多くの人がそう感じる事態が広がっている。

ここで起こっているのは単なる経済的不平等の拡大ではないように見えてくる。問題は、自我を支える心理的な土台そのものの揺らぎにある。個人の自我は、それ自体で自立しているわけではない。自我は、より大きな意味の地平、共同体、伝統、神話、宗教、国家などに支えられて初めて、自らを「意味ある存在」として保つことができる。中間層的な生活様式は、この大きな意味の地平を、世俗的かつ合理的な形態で、市民社会、職業倫理、家族、地域社会、そして日本であれば企業共同体として提供してきた。だが、その世俗的な意味の地平が機能不全に陥るとき、人間の心は、より古層の、より原初的な意味の供給源へと退行していく。横と縦の超越性への希求である。

4. AIが働きかける魂のプロセス

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